医療訴訟は防げる〜パラダイムシフトした弁護士の活用法
はじめに〜司法との付き合い方の過ち~
病院から開業医に至るまで、有事の際になるまで顧問弁護士が医療に関わらない
そもそも、顧問弁護士が医療に関わるという文化が受け皿としての病院や開業医にもない
顧問弁護士自体にも、医療に関わるだけの知識・能力もない
※医療と司法の橋渡しが重要
そのために大事なこと〜結論~
医療機関や医師・医療関係者にとっては、「司法」に対して理解の姿勢を示すこと
司法にとっては、医療現場に足を運び、医療現場の感覚を理解すること
具体的事例(大学病院・総合病院①)
患者は7歳女児
公園で遊んでいる際に腹痛を訴え、両親により近医受診、反跳痛等を認め、大学病院に紹介受診
CTやエコー等の所見から汎発性腹膜炎(虫垂炎による)と診断
担当医が保存的療法を選択
その日の午後になり様子がおかしいので担当医を呼んだが、おなかを少し触っただけで説明なし
上級医は入院時に来たのみ
夕方眼球上転し、ショック状態になり、そのまま死亡
具体的事例(大学病院・総合病院編②)
40歳男性、頭痛を訴え外来受診
頭部MRI等を撮像したが、特段問題なしとして帰宅させたが、激しい頭痛にて救急搬送、SAHの破裂を確認
外来受診の際のMRIを見ると動脈瘤があり、見落としに気が付き、家族に謝罪、その後手術が功を奏し退院
数か月後、再び頭痛で外来受診、動脈瘤があり、コイル塞栓術2回で奏功せず、クリッピングをする際に、血管損傷により頭蓋内出血
術後高次機能障害→水頭症と経過
シャント術をする際に、ワーファリンを切り忘れ、出血・脳圧亢進→さらに高次機能障害(記憶障害含む)が残った
具体的事例(大学病院・総合病院編③)
10歳女児
腹痛・嘔吐・心窩部痛があり、近医受診、既往歴として摂食障害あり
総合病院の小児科に入院したが、腹痛は精神的なものとした
BUNの軽度上昇のみで脱水と決めつけ電解質も考えず維持液を投与し続けた
この間、心電図、電解質検索、心エコーなど一切せず、精神的なものとのみ家族には説明
退院後、DCMがあることが発覚、心拍出量の著明低下により、重症心不全(なお、上記入院時にはADLに問題なかった)
その後、治療のかいなく死亡
具体的事例(個人開業医編①)
87歳男性、自宅で転倒し、近医受診
Xp撮像し、いわゆる打ち身と判断し、湿布等を処方
その後痛みがおさまらず、もう一度受診したが、その際にはXp撮像せず、打ち身だとのみ説明し、再度湿布等を処方
その後1か月経過した後、下肢に力が入らなくなり、歩行困難となり、総合病院受診、骨盤骨折が発覚した。
当初のXpを見ると、骨盤部に3か所著名な骨折線があり、骨盤骨折及び出血をしていたことを見逃したことが発覚
近医は謝罪をし、幾何かの謝金を支払ったが、患者は納得できず、弁護士に相談し、追加請求となった
具体的事例(個人開業医編②)
65歳女性
右頬が腫れぼったいということで、近医内科を受診、内服にて経過観察。
その後も継続通院し、腫れは増すばかりであったが、特段紹介もせずに、同様の処方を継続
次回受診した際には、拳大まで大きくなり、近くの総合病院を紹介
上顎癌であることが判明したが、既に手術できず、放射線療法によりいくばくかの治療効果はあったものの、結局転移もあり、死亡
家族が近医の対応に誤りがなかったか知りたいとして弁護士に相談
私の立ち位置
医療機関側の代理人弁護士しかしない→医療機関や医師を守るのが仕事
他方、弁護士からは日々医療事故の相談を受けている(できるだけ訴訟の種を積む)
しかし、ひどい医師もいるのは事実
また、医療事故が生じたとしても、事前に防げたと考えられるものが大半
※医療機関側にアプローチをして、そのような不幸な事故を防ぐ
※医療安全=医療訴訟予防
医療は裁判になじまない
弁護士のほとんどは患者さんと同程度の医療知識しかない
裁判官も判決を書きたくないというのが実情→医療集中部でも
しかし、裁判官は自分の論理で動く
おかしな判決は医療現場に書類作成という形で負担を与えていく
→医療機関の業務負担の増加
※今すべきは、医師その他の医療スタッフが証拠作りという認識をも持ってカルテや看護記録などの書類を作成すること
※それはそのまま医療安全に通ずる
これまでの医療機関と顧問弁護士との関係
医師会の顧問弁護士がいるからと顧問弁護士を持たない
顧問弁護士がいるが、ゴルフやロータリーの付き合い、若しくは高校時代の同級生、などという理由で選んでいる
弁護士として経歴が長い、役職経験者だからという理由で顧問契約を結んでいる
※医療の専門ではない弁護士がとりあえずいる、というのが実情
医療訴訟の仕組み〜過失と因果関係
「過失」→「〜すべきだったにも関わらず〜しなかった」
・「因果関係」→「あれなければこれなし」
※ポイントは、〜すべきであった、あれなければ、というのは、日常の医療体制のことをいうという点です
医療訴訟の仕組み〜交通事故との比較
交通事故・・・どんなに気をつけて運転していたとしても、事故が生じた場合に、運転手は原則として責任を負う。
医療事故・・・気をつけてさえいれば、不幸にして事故が生じたとしても、医療機関には責任はない、※すなわち、【気をつける】という点が大事
※有事の際にしか動かない弁護士は意味がない
医療訴訟の対策(=医療安全)
医療訴訟で扱われるのは、
- カルテの記載
- 看護記録の記載
- 同意書の取り方、記載方法
- 医療体制・倫理委員会の開催・議事録
- 日ごろの安全体制に対する意識の程度
※これらは証拠として使われる→常に証拠として作成する意識が必要
医療訴訟の対策2
医療安全体制の構築のために弁護士がすべきこと
- カルテの記載を日常的に抽出した上でチェック
- 看護記録の記載を日常的に抽出した上でチェック
- 同意書の取り方、記載方法をチェック
※これらについてスタッフ講習等が必要
医療体制・倫理委員会に弁護士が加わり、手続きの適正をはかり、また、いざという時に意味のある法的書面を作成する
日ごろの安全体制に対する意識を高めるために、定期的にスタッフ講習を開催
弁護士側の問題点
前述のように、医療については、素人同様の知識しかなく、何か相談しようと思っても、患者さん並みの知識しかないので、相談にならない。弁護士の側としても、古き良き時代に勉強せずとも顧問料をもらい続けてきた結果、わざわざいまさら医療について勉強しようとするモチベーションがわかない。結果として、医療機関に適切な指導ができず、マスコミによる医療バッシングが生じることになる。
※少なくとも医療現場に定期的に足を運ばない弁護士は不要
※口頭での医療現場からの質問に一定の回答ができない弁護士も不要
弁護士側の問題点2
医療訴訟の何割かは医療のわからない医療機関側の弁護士によって裁判になっているという実情説明会の際に、患者さん側に不信を持たせてしまう。患者さんと信頼関係があるのは医師であり、弁護士ではない。そのことが根本的にわかっていないのが主因
医療機関側の問題点
問題のある顧問弁護士と気付きながら放置している
これまで大丈夫だったから、これからも大丈夫だと思い込んでいる
明日は我が身という意識がない
※リスクマネージメントという意識が大事
Ex.前橋で起きた高畑淳子の息子の強姦致傷の事件
・・・経済損失は計り知れない(数億円とも??)
※例えば誰か1人男性マネージャーを同室で宿泊させているだけで違った
→当然それだけの財力はあるはず…損失を考慮すると大した金額ではない
医療機関側の問題点2
有事の際でも、結局示談屋として弁護士が動いているのみ〜その事件は解決しても、問題は解決しない結局、リピーターとなる→その医療機関の体質が改善できないから悪循環に陥る〜負のスパイラル
→評判が落ちる
→スタッフ離れの原因となる
→人員不足によりさらに事故が起きやすくなる
医療安全体制を構築しなければならない理由
日本では、刑事責任を追及される可能性がある⇔諸外国ではまず医師が刑事責任を追及されることはない
日本では、担当医が最大の責任者という傾向⇔諸外国では立場が上の医師ほど責任は重くなる
※例えば大学病院なら、病院長→教授→医長→担当医の順に責任が重くなる可能性がある
※例えば、総合病院なら、病院長→部長→医長→担当医の順に責任が重くなる可能性がある。
刑事責任との関係について
罰金刑以上の刑→医道審議会で審議の対象となる
業務上過失致死傷→過失の有無が問題
刑事事件の過失>民事事件の過失…刑事事件の過失の方が重い
※医療安全体制構築をしていれば、刑事事件はほぼ防ぐことができる
組織の責任について
組織で生じたことの責任は、組織の長がとる。末端の医師による事故も、その医師が悪いのではなく、そのような医師を管理しなかった長が悪いという考え方
今、パラダイムシフトしてきている→これまでのように医師が自分の医療行為についてのみ責任を負うという構図ではなくなる可能性
組織の責任について2
長は無限責任を負わされるのか→NO
→それでは誰も長をやらなくなってしまう
長は、結果責任ではなく、コンプライアンス体制構築責任を負います。
※つまり、医療安全体制をしっかり構築し、それを継続していれば、結果として不幸な事故が生じたとしても、長の責任はない
※そのような管理体制をとらなければ重い責任を負わされるということ
組織の責任について3
会社経営者は既にこのようなルールで責任を負っている
経営判断の原則という考え方
なぜ医療にはこのような考え方の導入が遅れているのか
病院単位では、病院の責任ということで病院長が頭を下げるということが通常となってきている→組織責任の兆し
※弁論主義というルールが関係
弁論主義とは
これは裁判のルール
当事者主義から派生する考え方→裁判官は当事者の言い分のみから判断するのみ双方弁護士がきちんと主張していなければ判決もおかしなものとなる。おかしな判決は先例とならない。医療現場について詳しい弁護士が皆無なため、先例となる判決はほとんどなかった。
医師は自分の身を自分で守る時代
自分の免許は自分で守る→刑事事件は組織責任ではない
組織で立場が上になれば、責任も重くなる
医療行為以外についても刑事事件に巻き込まれる可能性がある(医師法違反・診療報酬詐欺など)→けっこう多い
医師以外の資格職は弱肉強食となってきている〜医師もいつまでも安泰ではない
※リスクマネージメントが求められている→そのために弁護士を活用すべき
医療安全に取り組むとこんないいことが・・・
自分のしている医療行為の法律的な裏付けができて、自信を持って医療を行うことができる。
スタッフも医療行為に自信がもて、萎縮することなく医療が行える。結果として、患者さんに対して向かい合う時間が増え、患者さんの満足度も高まる。
患者さんの満足度が高まれば、経営が安定化され、頼りになる病院としてブランド化していく。
トラブルが生じる確率が圧倒的に減り、また、万が一トラブルになったとしても、大事になる確率は減る。訴訟にまで行く確率はもっと減る。
社会から信用を得ることができれば、地位も安定し、名誉ある立場に立つことができる。
弁護士の活用法
①定期的に医療現場に弁護士に来て現場指導をしてもらうようにしましょう。
※病院・医院の規模にもよりますが、手術開業医で3か月に1度くらい、規模が大きければこれより多く、規模が小さければこれより少なくて良いと思います。
※来てくれない場合は、顧問弁護士契約を打ち切り、来てくれる弁護士を探しましょう。
②弁護士が定期的に来たとして、少なくともポリクリ学生程度の医療の知識がなければ、それは意味がありません。しっかりと見定めましょう。
※難しい医学知識までは裁判上不要ですが、基本的な解剖知識すらなければ話になりません。
※持ち帰ってから後で回答するという姿勢の弁護士ではなく、その場で一定の回答ができる弁護士を探しましょう。
※正確にご回答させていただきたいといい、後で書面・メールで、というのはNG
弁護士の活用法2
③カルテ・看護記録の記載の方法に問題のある記載がないかを無作為抽出で日常的にチェック
→定期的に法律事務所にFAXするなど
④現場のスタッフの悩み等を直接弁護士に相談できる体制を
→メール・電話・FAXなど
⑤定期的にスタッフ講習を開催し、裁判との関係で、やってはいけないカルテ・看護記録の記載や、意味のない同意書等についてしっかり教育してもらう
⑥倫理委員会や、医療安全委員会に参加してもらい、手続きの適正をはかるとともに、議事録を法的に意味のあるものとして残し、いざという時に備える。
さいごに
これまで、医療と司法とは乖離し、理解しようにも互いに理解することが困難な分野でした。
その結果、司法に対する信頼は揺らぎ、医療現場は混乱するという事態を招いたことは言うまでもないことでしょう。
弁護士=訴えられたら頼むという構図に固まってしまったことから、種々の問題が生じてしまったことはこれまで説明した通りです。これからは、裁判にならないようにするために弁護士を「事前」に活用すべき時代です。これは安心・安全な医療の提供につながります。すなわち、医療訴訟予防=医療安全なのです。
さいごに2
似たような問題を抱えている大学や病院は多々あります。少なくともマスコミによるバッシング自体は、そもそも運が悪いだけといえます。
そして、報告書等からよく事実を見定めていくと、結局、問題の所在は、司法が内部に入り込んで浸透していなかったからという点に集約されます。すなわち、責任の所在は、医療安全体制を整えなかったことにつきます。
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