有害事象発生時の看護師の動線,何を記録すべきか
有害事象といっても、いろいろあります。有害事象を生じさせたのが自分の場合、新人看護師や先輩看護師が当事者でそこに居合わせた場合、医師が当事者でフォローに加わった場合、もしくは、誰が生じさせたのか不明の場合など。
また、場所についても、オペ室なのか病棟なのか、はたまたその他の場所なのか。
有害の程度についても、死亡や後遺症が生じるなど取返しのつかない事態なのか、もしくは、怪我をさせてしまったなど。
かなり抽象的に書いたつもりですが、それでもかなりの場合が想定できますね。
さて、今回は、わかりやすくするために、一番大変な事態である死亡事故について考えてみましょう。
1 看護師が責任を負うことはあるの?
法的責任といわれても、突き詰めるとなかなか難しいことなので、簡単にお話しましょう。
まず、法的責任には、大きく民事責任と刑事責任があります。民事責任はいわゆる損害賠償請求といわれるもの、刑事責任は逮捕されたりすることというくらいわかっていていただけていたら十分です。
(1)刑事責任について
刑事事件については、「業務上過失致死傷」といわれるものが代表的ですが、逆にいえば、医療関係者がこれ以外の刑事責任に問われることはないと言ってもよいくらいでしょう。
具体的なケースとしては、看護師が抗菌薬と消毒液を間違えて静注してしまった場合などが考えられます。この場合には、刑事事件として看護師が被告人となってしまうことにもつながります。
このようなものは、医療安全体制を徹底していれば、確認作業などを徹底することにより、ほぼ防ぐことができます。
とすると、医療安全体制の構築をしっかりしましょうというのが、何よりの対策となります。特に、事故予防のシステムを構築することが何より大事です。
(2)民事責任について
看護師が民事事件について責任を問われることはあるのでしょうか。答えは、半分○半分×です。すなわち、賠償責任は負わないことが多いですが、民事責任自体はあることが多いです。
もう少し詳しく説明します。
看護師は助産院を営んでいる助産師でもない限り、基本的に病院や医院に所属していて、医師の指示のもとに医療行為を行うのが通常です。そこには、医師との間に指揮監督関係といわれるものがあります(医師法参照)。そして、看護師が医師の指示の範囲で医療行為を行ったのであれば、それは、医師が危険を把握・管理している領域での医療行為となりますから、最終責任者は指示を出した医師ということになります。もちろん、医師の指示がない場合であれば、看護師が直接責任を負うこともあり得ますが、院内で通常の業務を行っていれば、そのようなことはほぼないでしょう。
この「指示」は明示・黙示を問いません。つまり「暗黙の了解」というものも「指示」の内容に含むことになります。
このような責任のことを「危険責任」と言います。
すなわち、医師が自らの支配・管理している領域で危険が現実化した場合(事故が起きてしまった場合)、看護師が直接賠償金を支払うというケースはほとんどないと言っていいでしょう。また、病院はほとんどが賠償保険に入っています。ですので、実際には、病院すら賠償責任を負うことはないということになります。
これらのことからわかるように、看護師はもちろん、病院も賠償責任を負うことにならないのが通常です。そうすると、結局のところ、看護師が気をつけることは、刑事事件になるような重大なミスをしないということと、患者さんのための医療安全体制を作るということになります。医療安全と医療訴訟の対策がほぼ同義になるのもまた、同様の理由によります。
※ポイント
①看護師も病院も賠償責任を負うことはほとんどないのが実情
②医療安全=医療訴訟の事前予防
2 有害事象発生時に意識すべきこと
先述のように、看護師は、賠償責任は負わないとしても、刑事責任・民事責任自体は負う可能性があります。とすると、裁判にかけられて、証人や被告人として法廷に立つこともあり得ます。
この時、その際の状況について何の記録も残っていないと、かなり不利です。つまり、裁判は、「証拠」に基づいて「主張」して裁判官を説得した方が勝ちです。この「主張」については、相手方が争った場合には、「証拠」によって証明しなければならないのです。具体的な例を挙げると、たとえば、私は、そこで消毒液を静注する際に、しっかり確認をしたとの主張をする際、これが認められると、刑事責任は軽くなる方向につながります。しかし、これを裁判になってから「私は、しっかり確認した」といったのでは、通常それは責任を問われたくないので、誰でもいうことであり、当時本当にそうだったかというと、裁判官は疑問を持つことになるでしょう。
その際に、確認した具体的内容を記録に残しておくことによって、注意したということが証明できることになります。具体的には、ラベルを確認した、声かけ確認した、患者さんの様子をよく記録に残しながら静注した、などという記載があれば、少なくとも、その行為によって有害事象が生じたとしても、その責任はだいぶ軽減されることになるでしょう。
大事なのは、もちろん、普段から医療安全に対して取り組むということですが、それにとどまらず、いざというときのためにしっかり基本的な裁判手続の内容、証拠としての看護記録の意義ということを知っておくことにつきます。
私は、医師であり弁護士でもあり、医療のことは通常の弁護士よりかなり明るいです。しかし、そんな私でも、正直「証拠」がなければ訴訟で戦ったとしても、不利になる場合が少なくないです。
そのため、私は、顧問先の医療機関や友人医師などにもいつもいつも普段から医療安全体制について意識してリーガルチェックをするよう促しています。
逆に、顧問弁護士がいながらにして、いざ事件・事故が起こってから相談をするというのでは、もはや遅いということは肝に銘じてください。
看護師からもホットラインに対応してくれるような弁護士さんを顧問にするよう、病院理事長、院長はしっかり医療安全体制を構築する責任があるとも言いかえることができます。そのことが看護師、医師、薬剤師などのスタッフが安心して日常の医療に専念できる環境作りにもつながるのです。
※ポイント
①有害事象発生時に意識すべきことは、裁判を意識した医療安全体制の構築
②事件が起きてからではなく、事件が起きる前から医療安全体制を構築するために弁護士と相談できる体制作りが大切
3 看護師の動線について
有害事象が発生した際、上記のように、記録が大切になることは既に説明しました。
しかし、実際に、看護師が目の前で有害事象が発生しているところで、記録を書くのは難しいし、むしろ、そのようなことをしていては、かえって責任が重くなってしまう可能性があります。
他方で、裁判では、記録に書いていないことはやっていないこと、と判断する裁判官も少なからずいます。このような裁判官を説得するためには、やはり【記録は重要】と言わざるを得ません。いくら医学・医療の常識を持ち出したとしても、裁判官は納得してはくれないでしょう。そこで、どのような記録の取り方が大事なのか、しかも、緊急事態においてどのような記録の取り方が求められるのかが問題となります。
まず、現場にスタッフがたくさんいる場合は、有害事象が生じた際、記録係として看護師がヘルプするのが良いでしょう。記録の取り方としては、この記事だけで具体的な各論まですべてを説明することは困難なので、細かい書き方などの各論は、普段から顧問弁護士から指導を受けるのが良いと思います。適切な指導ができる顧問弁護士がいない場合は、講習会などを企画・参加するのもよいと思います。
では、夜間などで現場にスタッフが少ない場合はどのようにしたらよいでしょうか。つまり、その場で記録係としての人員を割くことが困難な場合などです。夜間に限らず、この場合に直面することの方が多いでしょう。このような場合は、ざっくりいえば、そのような有害事象が終息した、もしくは、落ち着いた段階で記録を記載すべきでしょう。具体的にどのような記録の記載にするかについては、上記と同様に、普段から顧問弁護士を交えて適切な指導を受けていることが何より重要ということになります。
4 具体的に何を記載すべきか
前述までのように、具体的な記載としては、顧問弁護士から普段指導を受けてください、と言いましたが、ここでは、その指導の中身を少しだけ見ていきましょう。
ただし、ここに記載してあることは、あくまで一例であり、当該医療施設の規模、当該看護師の能力、経験、患者さんの状況など個々別々ですので、これを見て、「こう記載すればよいのか」と即断することは絶対にやめてください。あくまで、例示ですので、顧問弁護士とのディスカッションのための材料としての教科書事例という程度と考えていただければと思います。
では、具体的な見ていきましょう。わかりやすいように、前述の消毒液を静注してしまった場合について検討しましょう。この場合には、刑事責任を追及されることになることも前述した通りです。
そして、その場には、記録のためのスタッフがいない場合を想定してください。
まず、記載すべきことを列挙しましょう。
①誰がそこにいたか(医師・看護師、ご家族など)
②ご家族に連絡したか、何回連絡したか。もし、通じなかったとしたら、その理由(緊急連絡先を事前に聞いておくことは当然しているはずです)。
③具体的な経過(ただし、評価を書かない、事実を書く)
(1) ①誰がそこにいたか
これは、将来、訴訟になった際に、証人となるべき人が誰かを特定するために必要なことです。また、そこに十分なスタッフがいたことを証明するという意味合いもあります。
これが記載されていないからと言って誰もいなかったということにはなりませんが、記載しておくに越したことはありません。もちろん、緊急時には、その事態が落ち着いてから記載することも可能です。
できることならば、それぞれのスタッフの立場や、その際に実際に行ったことを記載することとより良いと思います。
(2) ②家族への連絡について
これは、本人と意思疎通が図れる場合かそうでないかについて意味合いが異なります。本人と意思疎通が図れるのであれば、家族への連絡は「報告」に過ぎないことになり、できる限り早く連絡することが求められますが、法的意味はそこまではありません。
他方、本人と意思疎通がとれない場合には、まったく話が変わってきます。そもそも、その時その時の意思決定を本人ができないのですから、ご家族の意向を聞かなければなりません。
医療施設では、もちろん、看取り希望か延命希望かを入院時に聞いている場合も少なくありません。しかしながら、例えば、延命希望としてどの程度までやるかまで詰めていることは少なく、また、現実的に具体的な話をすること自体困難といえます。
従いまして、家族と連絡を取り合い、しっかりと意思確認をすることが何より肝要と考えられます。
なお、家族になかなか連絡が付かないという場合については、連絡をなるべく多くした方が良いでしょう。その趣旨は、連絡を取ろうと努力したけど取れなかった場合には、医療機関の判断が合理的である限り正当化されると思いますが、連絡を取ろうとすらしなかった、もしくは1回電話しただけだったとなると、裁判官はそのように認めてくれない可能性が高いと考えられるからです。
そして、きちんと家族に連絡取ろうとしたことは、記録に残しておくべきでしょう。記録に残しておかなければ、電話をしなかったものと考えられてしまうからです。診療録や看護記録については、そこに記載漏れがあっても、後から補充ができますが、この連絡をした記録というのは、連絡した際、もしくは、事態が落ち着き次第可及的速やかに行わなければなりません。
一つ注意として、事前に家族が何か書面等で意思表示をしていた場合には、どうか、というものがあります。それでも、「人の医師は変わる」という経験則を忘れてはなりません。ご家族にしっかり連絡し、意思決定をしてもらうことは大切だと思います。その努力をした上で、つながらなかった場合には、緊急性のある状況の下では、救命のための最大限の措置をすれば足りるといえるでしょう。
(3) ③事実を書くということ
事実を書くということについては、実はこれが一番難しいし、裁判になった際に誤解される可能性を秘めていることといえます。
「事実」と対照的なこととして、「評価」があります。評価というのは、ある事実がどのような意味をもつかという意味です。抽象的ですからわかりにくいと思います。
例えば、地面が濡れている、これは事実です。しかし、雨上がりだ、これは評価です。つまり、地面が濡れていることは、客観的に誰が見ても明らかですが、それを評価する場合に、雨上がりかどうかについては、それを見た人の評価ということになります。具体的には、雨上がりかどうかについては、他の可能性もあります。誰かが水をまいただけかもしれないし、数日前の雪が溶けて、水になったのかもしれません。この場合には、これまでに雨上がりを経験した人が見れば、本当は雨上がりだということは判断できるかもしれません。しかし、雨上がりというのは、その人の過去の経験から推認過程を含んでいるからこそ、評価なのです。
これを医療に置き換えてみると、例えば、体温が高いというのは事実です。他方、風邪というのは評価です。BMIの数値は事実でありますが、肥満は評価です。
簡単にいえば、検査結果は事実ですが、病名は評価になります。
しかし、この評価を安易に書くことは大変危険です。
たとえば、検査結果などが十分にそろっていない場合に、なんとなくで胃がんの可能性、などと記載したとします。しかし、その時点の検査結果を総合しても、確定診断はできなかったとします。しかしながら、その後1年後になって、たまたま 検査したら本当に胃がんであり、しかも、進行度の早い胃がんになったとします。この時、結局死亡してしまい、証拠保全をして家族が診療録を手にした場合、これを見た弁護士は、1年以上前に担当医は胃がんとわかりながら、放置したために、死亡した、という主張をしてくる���とになります。
それでは、担当医は、どのように記載しておけばよかったのでしょうか。それは、答えは一つではありませんが、胃の表面に不整あり。現段階では、胃がんではないと思われるが、念のため経過を観察していく、などと書いておけば、上記の患者さん側の弁護士の主張は理論的支柱を失うことになり、訴訟に巻き込まれないで済みます。同じようなことは看護記録にも言えます。事実ではなく、評価を記載することにより、かえって逆効果な結論になってしまうこともあるということを意識して記録を記載することが大事でしょう。
このように、事実と評価という点については、常日ごろから顧問弁護士に診療録や看護記録をチェックして、後から裁判で不利になるような記載・記録になっていないかを見てもらったり、定期的に研修を担当してもらうことが医療機関については、何より大事なのです。
以上
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