平時における看護師の役割、看護記録で意識すべきこと
平時における看護師の役割とは?
保健師助産師看護師法(以下、「保助看法」といいます)第5条によると「看護師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくは褥婦(産褥期にある女性)に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいうとされています。
看護師とは、平時においては看護を必要とする人に対する身体的・精神的支援を行うとともに看護を必要とする人を継続的に観察し、問題を把握し、適切に対処する必要があります(保助看法第5条の「療養上の世話」)。
また、保助看法第37条の定めるところに基づき、主治医の指示の基に医療行為を行い、の反応を観察する必要があります(看護師法等第5条の「診療の補助」)。
看護師が看護を実践するに当たっては、エビデンスに基づき、看護を必要とする人々の状態を識別し、専門知識に基づく判断を行います。また、看護師は、患者さんの健康状態や生活環境を査定し、支援を必要とする内容を明らかにし、計画立案、実行、評価を行います。そして、看護師は、看護実践を行った際には、患者さんの病状や健康状態の現状・経過に加え、看護師の実践の内容などを記録します。
この記録を看護記録といいます。
2.看護記録とは?
看護記録は、健康保険法、医療法に規定されている公的な記録です。
診療録は、医師法第24条に規定があり、医療法第21条には診療に関する諸記録、医療法第22条の2には特定機能病院が備える診療に関する諸記録が規定されており、その中に看護記録も含まれています。
看護記録については、健康保険法に基づく看護関係の規定もあります。ここでは、新看護などの基準の届出要件の中に、「看護業務・看護の実施」として業務内容を7カテゴリーに分類・列挙し、これらの記録として患者さんの個人記録(経過記録と看護計画)が必要であるとしています。
看護記録の構成は、①入院時に患者さん・家族から得られた情報、②看護計画、③入院中の患者さんの日々の経過あるいは時間軸を中心とした患者さんの状態と行われた検査、治療、処置、看護に大きく分類されます。
看護記録は、他のスタッフとの情報を共有するために用いたり、患者さんへのケアの継続性、一貫性に寄与するだけでなく、ケアの評価及びその質の向上にも資するものであり、患者さんの状態を素早く情報収集し把握するためには不可欠の資料です。このように看護記録は、患者さん情報の管理及び開示のための重要な書類になります。
近年、看護師の活躍の場は、病院や診療所などの医療機関に留まらず、訪問看護や福祉施設など活躍の場が広がっています。また、今後さらに高齢化が進むため、これからの医療を支えるために看護師の活躍の場がさらに増えることでしょう。
看護師の活躍の場が広がり、その活躍の場における他の医療スタッフとの情報共有による効果的な療養看護を行うためにも看護記録は重要な役割を果たします。
また、近年、患者さんと医療関係者との間の法的トラブルは少なくないのが現状です。
医療関係者の中には当然、看護師も含まれており看護師がいつ何時、民事の損害賠償を請求される被告の立場に追い込まれたり、場合によっては刑事事件の被疑者、被告人とされるかわからないのが現状です。
そのような際に、看護記録を適切に付けているか否かは、自己の身を守るために極めて重要です。また、看護記録を付けた看護師本人ではなく、医師や病院側の法的責任が問われる場面でも、直接患者さんの療養状況をよく観察する機会のある看護師によって記された看護記録は、重要な証拠資料となります。その場合に看護記録が適切に付けられているか否かは、病院だけでなく患者さんにとっても真実がどうであったかを判断する材料として、とても重要な証拠となりえます。
このように看護記録は、訴訟等の準備のために開示請求されることで、患者さんや訴訟関係者等の目に触れる可能性があり、看護記録は緊急時だけでなく平時においても、医療スタッフ以外の目に触れる可能性があるものとの意識を持って適切に記録することが求められます。
3.看護記録の目的・意義とは?
- 患者さんに提供するケアの根拠を示すこと
- 医療チーム間、患者さんと看護者の情報交換の手段
- 患者さんの心身状態や病状、医療の提供の経過及びその結果に関する情報の提供
- 患者さんに生じた問題、必要とされたケアに対する看護実践と、患者さんの反応に関する情報の提供
- 施設がその設立要件を満たしていることの証
- ケアの評価や質向上およびケア開発の資料
4.看護記録の方式についてはどのようなものがあるでしょうか。
(1)経時記録といって観察した患者さんの状態や実施した看護と治癒・検査およびそれに対する患者さんの反応などの出来事について時間経過順に記載するものがあります。
一般的に看護記録には、POS(problem oriented system )とよばれる問題思考システムが導入された一般的記載形式としての「SOAP」と、フォーカス・チャーティングといって患者さん・利用者に焦点を当て系統的に記述する「DAR」があります。
問題に焦点を当てるSOAPに対して、DARは出来事に焦点を当てるところに違いがあります。
最近では、クリニカルパスという、ある病気の治療や検査に対して、標準化された患者さんのスケジュールを表にまとめたものを作成し、その評価・改善を行うことで,医療の質を向上させようという動きがあります。これにより,医師、看護師、その他の他職種との連携をとり、効率的にかつ効果的に、患者さんへのケアを提供できるため、導入している医療機関も増えています。
厚生労働省も、「診療ガイドライン」として積極的に推進しています。
(2)SOAPとは?
S(subject):主観的データ(患者さんが直接提供する主観的情報)患者さんの会話や訴え、自覚症状など
O(object):客観的データ(身体観察、測定、検査結果などから得た情報から得られた情報)一般情報、バイタルサイン、診察所見
A(assessment):上記、SとOをもとに分析・統合・評価し、病態や予後などに関する意見・印象などを記述
P(plan):上記を基にした情報を基に、観察計画、ケア計画、教育計画など問題解決するための計画を記述
(3)DAR
F(focus):患者さんが抱える問題、それに対するケアの内容・目標などに焦点を当て情報収集し、患者さんの関心、注意すべき行動や重要な出来事を記述
D(date):focusを指示するとともに検査、バイタルサインなど主観的・客観的データを記録し、介入に必要な状況を記述
A (action ):医療従事者が行った行為(処置、治療、指導など)、今後の計画などを記述R(response):actionに対する患者さんの反応や結果を記述
5.看護記録の構成要素とは?
看護記録は、基礎(個人)情報、看護計画、経過記録、看護サマリの4つの要素に構成されます。
(1)基礎(個人)情報
対象を理解し、現在あるいは今後必要とされるケアや問題を判断しケアを計画し実行したりする上で基礎となるものです。
入院した経緯、理由、主訴、症状などに加え、健康問題が生じた症状、兆候、行動に関連した患者さんの問題が導き出せるように情報収集した内容を記載していきます。入院後に得られた情報はその都度記載します。
例えば、アレルギー情報、注意情報、キーパーソンや緊急連絡先など、患者さんの背景を知るために必要な情報も収集します。医療機関、診療所、福祉施設の推進している形式に則り、患者さんプロファイル、看護アセスメント等に関連項目を記載していきます。
(2)看護計画
対象の問題を解決するための個別的なケアの計画を記載したものです。看護計画は、患者さんに説明し、患者さん・家族の同意を得ていることを記録します。
健康問題が生じた場合には看護の対象が抱える問題を解決するため、看護目標および処置計画を記載したものです。
内容としては観察項目、ケア項目、指導項目などを記載し、看護目標の達成度を設定します。
計画立案後、介入実践の結果など、定期的に評価実施し、計画修正が必要なのか、目標達成し解決に至ったのかなど、あらかじめ評価日を設けて、看護目標への達成度や計画内容を検討修正していきます。
(3)経過記録
対象の問題の経過や治療・処置・ケア・看護実践を記載したものです。
日々の記録は1日1回以上記載します。患者さんの状態変化時、急変時は時間など明確にその状況がわかるように経時で記載します。看護介入や観察した結果や指導した内容・実施した看護と結果を記載します。医師の説明に同意した場合は、患者さん、家族の反応を看護記録に記載します。他職種との患者さんカンファレンスの記録は検討内容、参加者、結論、患者さん、家族、同席者の発言、反応、受け止め方など記載していきます。経過記録には、叙述的な記録と経過一覧表(フローシート)があります。叙述的な記録には、経時記録、SOAP、DARがあります。
(4)看護サマリ
対象の経過、情報を要約したものであり、必要に応じ作成します。他院、在宅ケアへの移行の際に、ケアの継続を保証するために送付します。形式は個々の医療機関で定められているものを使用しています。
6.看護記録の基本的留意点
- 看護を行った実施者本人によって記載します。
- 看護師の客観的な観察の結果を判断や解釈を加えず事実を記載します。
例えば、「かなり痛そうである」などと記載するのではなく、看護師がそのように感じ根拠となる患者さんの言動を記録すべきです。また、「転倒している」ではなく患者さんがどのような向きでどのような体の状態でいたかにつき具体的に記載する必要があります。
なぜなら看護師が解釈を加えて看護記録に記載するとその看護師の判断が正しかったのかを後に検証することができないからです。そのことは、他の医療スタッフとの情報共有の際に誤解を招く恐れがあり適切な医療が患者さんになされないリスクがあります。また、訴訟等の際に事実がどうだったかが重要であるところ、看護師の解釈のみの記載であると事実がどうだったかについて明らかにならないという問題があります。
- 客観的データとして、測定値や検査結果を記載します。
- 患者さんの状態や治療・看護の処置において、危険を予防し予防策をとったならば、必ず実施した事柄を記述します
- 主観的表現、あいまいな表現、略語の使用は避け、開示等を踏まえて第三者でも理解できる表現を心がけます。
- 発生した出来事は経時的に記載し、後から追加で前に遡って記載する場合には、発生した日付、時刻を明示します。
- 診断名、治療など医師の領域に踏み込んだことは記載しません。
- 手書きの記録の修正は、前の記載が判るように二本線を引き、新たに記載する。修正液等は使用せず、塗りつぶしは行いません。記載の都度署名し、印鑑の使用は原則認められません。
7.看護記録表現の悪い例・良い例
看護記録の記載にあたっては、客観性のある誤解を招くことのないように注意しなければなりません。なぜなら他の医療関係者との連携の際に誤解を招くことで患者さんに対する適切な療養を阻害することになりかねないからです。
以下では、看護記録表現の悪い例・良い例につい示します。
・辞書に載っていない用語は使わない。
(悪い例) (良い例)
呼吸苦 呼吸困難
心マ 心臓マッサージ
肺雑 肺副雑音
ケモ 化学療法
体交 体位変換
・英語の頭文字のみの記載はしない。
(悪い例) (良い例)
NS 看護師
Dr 医師
Ba 膀胱留置カテーテル
・造語は使わない。
(悪い例) (良い例)
てんぱる パニック状態
ステル 死亡
・医学的診断に踏み込んだ診断(診断 治療など)をしない。
(悪い例)
発熱・腹痛、嘔吐みられ腸閉塞の可能性が高い
(良い例)
体温38.5℃、腹痛訴えあり嘔吐もみられている。発熱ともに腹部症状増している。
・あいまいな表現方法をしない。
(悪い例) (良い例)
多量、少量 コップ1杯程度
汚い痰 灰色の水様痰
・看護師の主観的や決め付けるような表現をしない。
(悪い例)
テレビを見ながら穏やかに過ごしており痛みはないようである。
(良い例)
テレビを1時間ほど見て、その際に痛みの訴えはない。
・医療従事者が優位であるかのように感じさせる表現をしない。
(悪い例) (悪い例)
食べさせる 食事を介助する
~と指示する ~と説明する
・患者さんの状態や性格など否定する表現をしない。
(悪い例) (良い例)
ボケ症状 トイレの場所を何度説明しても忘れている。
朝になると仕事だと言って外に出ようとする
7. 最後に
看護師の活躍の場が広がり、その活躍の場における他のスタッフとの情報共有の他、訴訟や開示の場面で看護記録は重要な役割を果たすようになっています。
その際に求められる看護記録とは、患者さんの状態や事実が正確に記載され、変化・問題が生じた場合には、責任のある行為が行われた事実が記載されていることが肝要です。
そのためには、看護師の方々は平時においても看護記録の付け方に留意することが重要であり、そのような心構えが緊急時においても看護記録を適切に付けることができる能力、技術を養うことに繋がります。
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