転落事故・身体抑制事故/裁判例から読み解く予防と対処
身体拘束の「原則」
身体拘束は、人の移動の自由を奪うもの
→理由なく、身体を縛ったりすれば違法
法律に、身体拘束をしていい場合が定められている場合がある
cf. 刑事訴訟法199条1項、213条
法律に定めがなければ全く許されないか?
身体抑制問題のポイント
法律上の規定がないときも患者さん自身のため、周りの患者さん、医療従事者の方々の身体を守るため、特定の患者さんの身体を拘束することを許すべき例外的な場面があるのでは?
それはどんな場面??
【身体抑制が紛争になるケース】
・親族からのクレーム
・お金の請求
・内容証明郵便によるお金の請求
・弁護士による交渉
・訴訟の提起
訴訟を提起されると…
事情聴取されたり、証人尋問に呼ばれたり、そもそも、訴えられていること自体がストレスと感じるのが通常
リピテーションリスクの発生
結局、和解金を支払って解決することに…
事前に対応策をとっても無駄?
色々なタイプの弁護士がいる
通常の弁護士は、負け筋では訴訟までは提起しない
しかし、訴訟では負ける可能性が高くとも和解金目当てで訴訟を提起する弁護士もいる
ただし、医療の場合は、そもそも、筋が読めない弁護士が少なくない
(弁護士のほとんどが医療知識はなく、医療現場の感覚もわかっていない)
☞不適切な請求も少なくない
⇒ クレームや弁護士との交渉に当たっては、毅然とした態度で臨むべき
訴訟提起されると
患者側の弁護士と病院側の弁護士がそれぞれ主張を書いた書面をやりとり
裁判官は現場を見ていないので、どちらが正しいかはわからないので、証人尋問や鑑定によって事件当時の状況についての情報を得る
和解 or 判決
⇒判決が不満の場合は、控訴・上告
訴訟上のポイント
身体抑制をしたことについて
「病院側の過失があったか否か」or「 契約違反があったか否か」
・身体抑制を開始した時の状況
・他の代替方法で対応できなかったか
・身体抑制はどのように行われたか
などから判断される
大きく分けて2種類
①身体抑制による事故が起きたケース
⇒ 身体抑制以外の措置を講ずる義務があったのにこれをしなかったという過失の有無が争点
②身体抑制前に転落事故が起きたケース
⇒ 抑制具を付けるなどの措置を講ずる義務があったのにこれをしなかったという過失の有無が争点
まさに板挟み!
裁判例①
最高裁平成22年1月26日
第三小法廷判決
今後下級審の判断の前提となる
最重要判決のひとつ
事案の概要
腎不全等で入院していた当時80歳の女性
・せん妄症状あり
・夜中にナースコールを繰り返す
・夜中1人でトイレに行き、転倒・骨折あり
・事件当日午前1時、オムツ交換を要求
3人の当直看護師
・お茶を飲ませるなどしてAを落ち着かせようとしたが、Aの興奮状態が治まらなかった
・抑制具のミトンで、Aを2時間ベッドに拘束
・医師の判断は仰がなかった
訴訟提起
Aさんは、病院を運営するYに対して、
①看護師らが行ったAに対する抑制行為
②それをAの親族に報告しなかったこと
が、診療契約上の義務に違反する違法な行為であるなどとして、600万円の損害賠償を請求した。
下級審の判断
下級審裁判所の判断
第1審 看護師らの行為は正当だった。→請求棄却
控訴審
抑制しなければAが転倒により,けがをするといった危険性が切迫していなかったし、看護師がしばらく付き添うなどの対応ができた。→請求を一部認容(70万)
最高裁の判断
「入院患者の身体を抑制することは,その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきものである」
最高裁の判断は請求棄却
「本件抑制行為は,Aの療養看護に当たっていた看護師らが,転倒,転落によりAが重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって,診療契約上の義務に違反するものではなく,不法行為法上違法であるということもできない。」
判断の理由(3つのポイント)
最高裁がこのような判断に至った理由は何か?
1、必要性 と 相当性
2、代替方法の有無
3、考慮された事情(必要性)
身体抑制に至るまでの患者さんの状況
患者さんの年齢、転倒歴の有無
せん妄状態で興奮した患者さんが、歩行中に転倒、転落で骨折などの重大な障害を負う危険性が高かった
考慮された事情(相当性)
・ミトンで両上肢をベッドに固定
・入眠を確認してすぐに外した
・拘束時間は2時間程度
・転倒、転落の危険を防止するための必要最小限度のものであった
・考慮された事情(代替方法)
・患者さんの求めに対する看護師の対応
・患者さんの興奮状態が収まらなかったこと
・当時、看護師:患者さん=1:9
・腎不全で向精神薬の投与が困難だったこと
・他に危険を回避する代替方法なし
裁判例②
広島高判平成22年12月9日
この裁判例によって、「とりあえず身体抑制をしなければ責任追及されない」という考え方ができなくなった!
事案の概要
患者さん(当時54歳)
脳出血により意識不明となって倒れ、救急搬送された。病院搬入後も痙攣重積状態が続いており、意識障害も顕著だった。
医師はてんかんが原因と疑い、経過観察。
事故の態様
第1事故 ベッド横で転倒して左側頭部を床面で打ち、打撲。
第2事故 ベッド横に転落して右前額部を打ち、同部が陥没して青あざができた。
患者さんは、第2事故によって頸髄損傷の傷害を負い、四肢麻痺となった。
患者側の主張
転落防止(身体抑制)義務違反
看護師の監視義務違反
看護師の引き継ぎ義務違反
原告主張の義務違反
①高さの低い一般病棟のベッドへ移動させる義務 ✕
②ベッドを転落しても安全な高さまで低くする義務 ✕
③ベッド柵を高くし、ベッドや患者に鈴を付ける義務 ✕
④隣の患者のナースコールやアラーム音等で覚醒しな
いように睡眠剤を服用させる義務 ✕
⑤看護師を1名増員して常時監視する義務 ✕
⑥抑制帯を使用するなどする義務 ○
⑦緩衝撃マットを敷くなどする義務 ✕
⑧足元側にも補助ベッドを置く義務 ✕
⑨患者のベッドの前を離れるにあたって他の看護
師に代わりに監視することを依頼する義務 ○
裁判所の判断1
「病院ないしその履行補助者である看護師らには、患者のベッドからの転落防止措置である抑制帯を使用するべき義務があったのにこれを怠り」
「転落に先立つ時点において、患者の動静について、看護師らにおいて患者のベッド前を離れる場合には他の看護師に監視を依頼し、また速やかに監視体勢に戻ってその監視を継続すべき義務があったのに、これらをも怠り、その結果、患者のベッドからの転落を招いたのであって、これらの点、病院には、患者との診療契約上の債務不履行があり、これにより控訴人の被った損害について、賠償責任があるというべきである。」
裁判所の判断2
第1事故が発生していたこと
患者さんにベッドの上に立ち上がる等の行動が見られたこと
意識障害の回復状況からすれば、拘束により幻覚等からの離脱が容易だったこと
ベッド柵上部から床まで110cmの高さ
身体抑制する必要やむを得ない事情あり
裁判所の判断3
身体拘束をすることにより
得られる利益 >>> 失われる利益の場合には、逆に身体抑制をしなければならない義務が生じる。
近時の裁判例
【福岡地裁大牟田支判平成24年4月24日】
老人介護保険施設において、職員が目を離した約50分の間に、入所者が自室で転倒し、骨折した事案
裁判所は、
①激しい転倒歴もなかった本件では、原告が転倒する危険を完全に排除するために、原告が歩行する際に被告の職員が常時原告に付き添い介助する義務まではなかったが、
②定期的に原告の動静を確認し、その安全を確認すべき義務が被告にはあるとして、施設側の責任を一部認めた。
近時の裁判例
【前橋地判平成25年12月19日】
介護老人保健施設に入所中であった患者さんが、ベッド上から転落・転倒し,意識障害に陥ったまま約11か月後に死亡した事案。
裁判所は、病院側が、患者さんが過去にベッド柵を乗り越えたことがあり、高度の認知症及びうつ状態にあったことを認識していたことから
①畳対応からベッド対応へと変更したこと
②転落転倒を防止する措置を講じなかったこと
について注意義務違反を認めた。
近時の裁判例
【福岡地裁小倉支判平成26年10月10日】
特別養護老人ホームに入所中の高齢者が、転倒・骨折し、その後死亡した事案。
裁判所は、
基本的に身体能力が十分でない高齢の利用者を受け入れ、その安全に配慮すべき立場にある被告施設において、利用者の転倒による事故が予見可能であり、これを防止するための措置を講じることが可能な状況であるにもかかわらず、何らの措置も講じないことが許されるべきではない。本件事故時の亡Bの転倒状況からすると、歩行介助、あるいは、近接した位置から、転倒の可能性が常にあるという意識を持って見守りをすることにより本件事故を防止し得たと認められる。として、施設側の責任を一部認容。
裁判例の動向
最高裁判例及び広島高判以後にこれらの判決を引用してなされた判決はいまだ出てきていない。
今後、最高裁の判断基準を踏襲した下級審裁判例が出てくれば、より求められるものがはっきりしてくる。
裁判例が要求すること
最高裁判決からは
身体抑制をするにはやむを得ない事情が必要
広島高判からは
やむを得ない事情がある場合には身体拘束しなければならない
思考の流れ
- 契機の存在
患者さんが過去に転倒・転落を起こしたことがあるか否か、その時の受傷態様 - 身体抑制以外の方法の試行錯誤
転倒・転落を有効に防ぐ手段の検討 - 身体抑制の実施
必要以上に身体抑制しないこと - 比較考慮の視点
身体抑制を行うことによるメリット - 身体抑制を行わない場合のデメリット
過去に事故が起きていない場合であっても、メリットがデメリットを上回る場合には、身体抑制義務が生じうる。
最低限やるべきこと
- 行動態様から転倒のリスクを分析
- リスクのレベル付け
- 身体抑制以外の対応方法のリストアップ
- 医師・看護師間の連携強化
- 身体抑制カンファレンスの実施
- 患者・親族に対する説明・同意
- 身体抑制後の患者さんのチェック など
患者さんに対するトータルケア
身体抑制の必要性・相当性の検討
→ 身体抑制を自信を持って実施する
→ 抑制後の患者さんの状態チェック
身体抑制をしていないタイミングでの監視体制の強化
→身体抑制を必要最小限度にすることから生じる隙間もケアする必要がある
やれるだけのことをしても訴訟にることはある
どう対応したらいい?
初期対応
紛争を訴訟などに発展させない
上記のような事前予防体制を整備
→クレーム等がなされた場合の迅速な説明(裁判例やガイドラインに基づいた対応を採っていることなど)
メディエーターや弁護士の活用
調停技術を持つ者が仲介に入り鎮静化
訴訟提起前の対応
患者側弁護士からのコンタクトへの対応
直接の交渉、内容証明郵便、証拠保全に対して、毅然とした対応を採る。
病院として、徹底した情報開示
事前予防体制を確立化することにより、すべての診療記録を迅速に開示する。
勝ち目がないことを相手に悟らせる。
訴訟提起
弁護士とのコミュニケーション
弁護士が主張しないことは、裁判所は判断してくれない。病院として主張したいことはすべて伝える。相手に少額の和解金で手を引かせる
負け筋でも訴訟を提起してきた場合には、和解により少額の解決金を支払うことも検討する。
弁護士のセカンドオピニオン
セカンドオピニオンを聞く必要性
医療現場に顔を出す当該医療機関・施設との距離が近い顧問弁護士であればそれほど問題はない。
一方、顧問弁護士との距離が遠い場合、医療現場を見てきた経験のある弁護士に意見を求めること必要となってくると考えられる。
裁判例の現場への活かし方
裁判の内容は、「法律」という用語で書かれているので、それを「医療」という現場の用語に翻訳することが重要
その際、責任追及を回避することが目的ではなく、患者さんの利益の最大化を目的とする事前予防を強化して、萎縮することなく医療を提供できるようにする。
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