有害事象発生直後の患者・家族に対する対応
~医療事故調査制度を踏まえて~
1 有害事象発生時の初期対応の重要性
- 有害事象が発生した場合,それが担当医師,看護師等のミスに基づくものであるか否かにかかわらず,患者さんやそのご遺族への対応を間違えれば,紛争リスクは高まります。それは,医療安全体制を整備し,診療録や看護記録,同意書等の記載についても可能な限りの適切な努力をしている場合でも同じです。人の生命・身体にかかわる場面においては,患者さんやそのご遺族が感情的になってしまうことが多く,配慮を欠いた対応は,紛争,ひいては訴訟の引き金となりえます。したがって,適切な対応方法を学ぶことは,日々の医療安全や記録業務の努力を無駄にすることなく,無用な紛争や訴訟を避けるための重要な防衛策といえます。
- 本稿では,有害事象発生時における対応方法や謝罪の是非などについて検討し,有害事象発生後に医療従事者が採るべき行動について考えていきます。その際,昨年10月よりスタートした医療事故調査制度についても触れ,死亡事案において特に気を付けるべき点にも触れたいと思います。
2 有害事象発生の報告とその内容
(1) はじめに
有害事象は,手術中の執刀医のミスにより起こるケース,看護師の不注意により薬物が過剰投与されてしまったといったケース,どんなに注意をしても防ぎようのなかったケースなど,医療機関側に責任が認められるものとそうでないものがあります。また,結果についても,患者さんが死亡してしまう場合,一時的な変調をもたらすにすぎない場合,後遺症が残ってしまう場合等,様々なものが考えられます。確かに,結果が重大であればあるほど,紛争のリスクは高まるといえます。しかし,どのようなケースであっても,対応の方法により,紛争化を防ぐ手立てはあります。
(2) 報告までのスピード
まず,有害事象が発生したことを患者さんとご家族(患者さんが亡くなった場合はご遺族)にいち早く報告することが必要です。これは,多くの医療機関においては当然のことであると思われるでしょうが,残念なことに,中には,報告前に医療機関としての責任を追及されないよう,関係記録の改ざんを行ったりするところが実際にあります。そのような作業に時間を使い,ご家族らへの報告が遅れることがあるのです。
しかし,有害事象発生から報告までのスピードは,医療機関としての誠意の表れとして評価されるものですので,どんなケースであっても努めて速やかな報告を行うべきです。
(3) 報告の仕方とその内容
ア 初回の報告
報告までのスピードを重視すると,当然,伝える内容にも限界があります。もっとも,最初の報告時には,客観的に明らかな事情を伝えるだけで十分であり,その後判明した事実については,その都度速やかに伝えることをご家族などに伝えることで足ります[1]。特に,当該有害事象の原因が判明しなければ,医療機関としての責任の有無を判断できない場合には,慎重な事故調査が必要ですし,死亡事案であれば,医療事故調査制度でも求められるところです。
イ 医療機関側のミスが明らかな場合
そして,調査の結果,担当医療従事者にミスがあったことが明らかであれば,調査経過や詳しい内容を患者さんらに正確に伝え,謝罪をし,患者さんらに生じた損害に対してしっかりと賠償をしていく[2]姿勢を,管理者である院長名義で示すべきです。
ウ 医療機関側のミスであると言い切れない場合
調査によっては,担当医療従事者にミスがあったとは言い切れない場合にも,調査経過とその内容を患者さんらに伝えることになります。この場合,ミスであると言い切れない理由をしっかりと伝えることが重要です。必要に応じて,各種記録を示しながらわかりやすく説明し,納得を得る努力をすべきでしょう。
そこで納得が得られない場合には,各種記録を任意に開示したり,セカンドオピニオンの利用を促したりといった方法で,医療機関としての誠実な姿勢を貫くべきです。このようなことをすることで,訴訟リスクが高まってしまうと考える方もいるかもしれませんが,そうではありません。各種記録は,証拠保全の手続により取得されてしまいますし,セカンドオピニオンをやめさせる手段はありません。となれば,医療機関として,透明性を意識して誠実な姿勢を示し,話合いによる解決を目指す方が明らかに得策といえるでしょう。
3 謝罪の是非-訴訟で不利になるのか-
(1) 謝罪は絶対にしてはいけないか
医療従事者の方々を対象とした講演を行っていると,有害事象発生後に謝罪をしてもいいのかという質問をよく受けます。一般的に,謝罪とは,自分の非を認めて謝ることですから,謝罪によって,その後の訴訟などで不利になってしまわないかという点で,とても関心があるのだと思います。
[1] 有害事象発生直後には,できるだけ早く顧問弁護士に初期対応についての判断を仰ぎましょう。弁護士は,訴訟が起きてから動くものというイメージを持たれている方も多いかもしれませんが,これは全く間違った考え方です。弁護士の役割は,日々の病院の体制づくりから始まり,各種書面のチェックや有害事象発生時の対応など,紛争になるのを防ぐことに重点を置くべきだと筆者は考えています。ぜひ,顧問弁護士との連携強化を図っていただき,それに対応できない弁護士には退いてもらうぐらいの考え方を持ってください。
[2] 患者さんやその遺族に対する損害賠償は,医師賠責保険を用いてなされることがほとんどです。その場合には,保険会社にすべての処理を任せるのではなく,患者さんやご家族,ご遺族への配慮を怠らないようにしましょう。すなわち,当該事故に関する窓口を設け,必要に応じて情報開示や説明が行える体制を整えたり,こちらから保険会社の対応に不満がないかどうかを確認したりすることが必要です。
これに対する答えとしては,謝罪すべき場合と謝罪すべきではない場合があるということになります。また,謝罪すべきではない場合であっても,患者さんやご家族,ご遺族に対してどのような言葉をかければいいのかという問題があり,ここもしっかりと考える必要があります。
(2) 謝罪すべき場合
謝罪すべき場合としては,有害事象の原因について医療機関側のミスであることが明らかな場合です。これは,有害事象発生直後にわかる場合と院内事故調査をやってからわかる場合がありますが,いずれについてもあてはまります。後でも触れますが,ミスを認めて,謝罪したとしても,保険会社との損害額の争いにより訴訟になってしまうケースがあります。その際に,しっかりと謝罪していたという事実は,慰謝料の額を減らす方向に働くことがあるので,医療機関側にとってメリットのあることです。したがって,ミスが明らかな場合には,謝罪すべきであるということがいえます。
(3) 謝罪すべきでない場合
謝罪すべきでない場合としては,有害事象発生直後には責任の有無がはっきりしない場合(院内事故調査により医療機関側のミスであるとわかった場合には,先ほど述べたとおり,謝罪すべき場合として考えます。),院内事故調査の結果,医療機関側のミスではないことがわかった場合,医療機関側のミスがあったが,それが有害事象結果とは関係のないものである場合などです。
このような場合には,医療機関側の非を認める形での謝罪は厳に慎まなければなりません。とはいえ,患者さんらの感情に配慮した対応をするためには,「謝罪に似た形」での言葉をかけるべき場面があります。
(4) 謝罪すべきでない場合に患者さんにかける言葉
患者さんらの感情に配慮するためには,患者さんの気持ちに共感する形での言葉がけをするべきでしょう。例えば,「今回の件について,お父様が亡くなられてしまったことについては,我々も深くお悔やみ申し上げるとともに,病院としてできる限りの配慮をさせていただきます。」といった発言であれば,責任を認めることにもなりませんし,一定の誠意を示すことができます。
なお,有害事象の発生原因とは無関係の医療機関側の手違いなどについては,その手違いについての謝罪であることを示して謝罪しましょう。謝罪すること自体を恐れるあまり,患者さんらに無用の不信感を抱かれるような対応をしてしまっては,かえってそこから紛争につながってしまいます。
(5) 訴訟における謝罪の扱われ方
ア 謝罪の事実が決定的な証拠になるか
医療訴訟において,患者側から,事故発生後の担当医師などの謝罪の事実が主張されることは少なくなく,謝罪したのだからミスがあったという論理が用いられることがあります。もっとも,裁判所は,謝罪の事実だけで,医療機関側にミスがあったと認めることには消極的といえます。なぜなら,謝罪というのは,マイナスの事情がある場合に,仮にその原因が自分にないとしても,つい口をついて出てしまうものであるため,裁判所としても,その謝罪がどのような状況で,どのような趣旨で述べられたものなのかをしっかりと検討しなければならないと思うからです [3] [4]。
したがって,つい出てしまった謝罪の言葉一つで,その後の訴訟で必ず負けてしまうかというと,必ずしもそうではないというのが実際のところです。もっとも,謝罪の本当のリスクは,別のところにあるので,これについては後で触れます。
イ 謝罪していないことが不利になる?
原告側の主張として,事故後に何らの謝罪もなされていないことを,慰謝料額の増額要因として挙げるものがあります。事故を起こした医療機関の対応が不誠実で,それによっても精神的苦痛を被ったという主張です。この点については,裁判所は,概ね原告の主張を認める傾向にあるといえます [5]。したがって,上で述べたように,ミスが明らかである場合には,積極的に謝罪をして,誠意ある対応を心がけるべきです。同時に,謝罪したことを医療機関側で記録しておくことも重要でしょう。
ウ 謝罪の本当のリスク
医療訴訟は,その6割が和解によって解決します。和解とは,公開の法廷ではなく,裁判所の中にある個室に入って,裁判官と当事者が話し合いで,その争いを解決するというものです。判決と異なり,和解になると,その内容は一般的に公開されません。したがって,判決の分析だけで,謝罪のリスクを考えることは少し危険です。
[3] 東京地判H20.2.20は,リンデロンAの点眼を中止したこと等が失明の原因であるとして,患者が損害賠償を請求した事案で,「被告医師はその本人尋問において謝罪したのは不本意であったと述べていることのほか、謝罪の趣旨は明確でなく、診療行為に過失がないとしても、これによって想定外の結果が生じたことについて謝罪する趣旨であったということも当時の状況に照らし、あながち不合理ともいえないから、被告医師がリンデロンAの点眼中止の判断につき謝罪をしたことをもって、被告医師の治療行為に法律上の過失があったことを基礎付けるものとまではいえない。」と判示しています。
[4] 東京地判H19.5.31は,生命保険加入検査のために採血をされた原告が,担当医師の採血方法や止血処理上の過失により血管損傷による血腫を生じたとして,担当医師を雇用する会社に対して損害賠償を請求した事案で,被告会社が原告に謝罪した事実を認めながらも,「被告会社の担当者は、原告の皮下の出血斑を認めたので、それについて詫びたに過ぎないと述べており、被告会社が、動脈損傷を認めたうえで、その点について謝罪したとの原告の主張は、認めることができない。したがって、上記謝罪の事実から、動脈損傷の事実や、被告会社が、必要以上に静脈を損傷した事実を推認することはできない。」と判示しています。
[5] 謝罪がなされていないことを慰謝料の増額要因として考慮した裁判例として,山口地判H27.7.8があります。また,原告側が謝罪がないことを慰謝料の増額要因として主張した際に,医療機関側から謝罪している旨の主張・立証を行い,慰謝料の増額を認めなかった裁判例として,仙台地判H26.12.18,東京地判H19.9.20があります。
そして,おそらく,和解により,医療機関側がある程度の金銭を支払うことになる場合,謝罪があったという事実は,医療機関側にとってかなり不利に働くものとなるでしょう。裁判官といっても,医療の専門家ではないため,医療機関側にミスがあったのかについて正確な判断をすることは難しいです。一方で,謝罪をしているという事実が明らかになっていれば,印象として,医療機関側にミスがあったと考えてしまうのが人間です。大げさではなく,和解においては,裁判官が,謝罪があるという事実を重視してしまい,医療機関側に不利な形で和解を成立させてしまうということも多いといえます。
そうすると,やはり,明らかにミスだといえるとき以外の謝罪は,厳に慎むという姿勢は貫くべきですし,不用意な発言をしないよう意識しながら,患者さんらへの対応をすることが求められるでしょう。
4 医療事故調査制度下における対応方法
(1) 医療事故調査制度とは
医療事故調査制度とは,診療行為に関連した患者の予期せぬ死亡や死産があった場合、医療機関は、厚生労働省の指定機関である医療事故調査・支援センターに報告をするとともに、院内事故調査を実施し、遺族に調査結果を説明するものです。遺族は、調査結果に不服がある場合、医療事故調査・支援センターに再調査を依頼することができます。
(2) 医療事故調査制度下における初期対応のあり方
医療事故調査制度については,昨年10月から今年3月までの6か月間で,医療機関からの報告は188件であり,スタート前の年間1000件から2000件という見込みを大きく下回っています。その原因としては,「予期しなかった死亡又は死産」という判断が,医療機関の管理者に委ねられており,判断基準が明確ではないというところにあるでしょう。
いずれにしても,「予期しなかった死亡又は死産」であると管理者が判断した場合には,院内事故調査が義務付けられるのであり,その調査結果をご遺族に説明しなければなりません。そして,調査結果について不満がある場合には,第三者機関である医療事故調査・支援センターの介入もありうるので,このあたりの制度説明も行うことが望ましいといえます。
初期対応としては,まずは事故が発生してしまった旨の報告を行い,医療事故調査制度に該当する死亡・死産事故であるとの判断がなされた場合には,院内事故調査を速やかに行っていくことを説明することになります。このあたりの説明をしっかり行うだけでも,ご遺族が持たれる医療機関に対する印象は大きく違ってくるでしょう。
(3) 医療事故調査制度の対象に該当した場合の対応
この場合は,院内事故調査においても第三者として専門家が参画することがあり,公平中立な観点からの調査が求められます。日々の適切な記録業務は,調査を円滑に進めるためにも役立ちますし,患者さんに対して透明性のある形で結果説明ができるため,調査結果への不満を抑えることにもつながるでしょう。
患者さんへの経過報告としては,その内容にまで立ち入らずとも,進捗状況などは伝えたほうがよいでしょう。そして,医療事故調査制度は,あくまで原因究明と再発防止を目的とするものですから,ミスが明らかである場合には,調査が完了するのを待つのではなく,患者さんに対する損害賠償について,速やかに対応していく必要があります。
5 さいごに
このように,有害事象発生時の初期対応は,紛争にならないようにするための対策として最重要であるといえます。もっとも,日々の記録業務の体制が整っていなければ,患者さんらが納得する形での報告・説明は不可能ですし,話合いによる解決も難しいでしょう。結局,紛争になるのを防ぐ体制として,適切な記録業務と有害事象発生時の対応は,二本の大きな柱として意識していく必要があります。
医療従事者の皆さんが訴訟の恐怖にさらされていては,日々の診療業務も委縮したものとなってしまいかねません。それは,ひいては,患者さんの不利益にもつながります。医療機関の体制としてしっかりとした紛争予防をすることは,健全な医療の提供につながるものですから,ぜひ,意識的,意欲的に取り組んでみてください。
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