気をつけよう!弁護士からみた記録の注意点
事実を書く重要性
伊藤:今回の特集のポイントをおさらいしたいのですが。
青木:何といっても、憶測で記録しないこと、主観を入れずに事実を書くこと、これは鉄則だと思います。意外と主観や思い込みが記録されていることが多いのです。患者の主訴は言った通りのことを記録するなど、特に表現の仕方には気をつけた方がよいと思います。
伊藤:事実を書くこと、これはポイントですね。
野崎:憶測で記録すると危険なことがあります。「…のような危険があるかもしれない」と憶測で書くと、第三者がみると「その時点で危険を予測したのだから、事故が起こることを予見できたはず。にもかかわらず対策が取られていないのだから過失」と判断されることがあります。裁判ではそのように使われると意識しておいた方がよいでしょう。
鈴木:それに関連して、看護師がラウンドしたという事実、医者が診察したという事実、この記録も重要です。
このような話を聞いたことがあります。夜間病室で脳梗塞を発症された患者さん、「そのまま放置されたのが原因で重い麻痺が残ったと」いう訴えでした。その裁判では、夜間に看護師が実際にラウンドしたか、していないのかが争点となりました。当事者である看護師によれば、実際に夜間ラウンドをしていたのですが、夜11時以降から翌朝9時までの間の記録がないために、患者側から「記録がないから、ラウンドしていない」と主張されてしまいました。その結果については聞いていませんが、もしかしたらラウンドしていないと認定されてしまったかもしれません。
「事実」は良いが、「評価」は危ない
鈴木:その一方で「評価」はなるべく書かない方が良いと思います。例えば「高血圧」という記録、場合によっては危険です。
心筋梗塞で亡くなった患者さんの裁判例ですが、カルテには医師が「高血圧」の記録がありました。その「高血圧」の記録を裁判官が信用し、「医師は、高血圧を認識していたにもかかわらず放置した」と判断されたことがありました。
その患者さんは血圧コントロール不良、慢性的に上が140を超えていたのは事実ですが、それは記載されておらず、単に「高血圧」と書くことによって、医師としては、血圧が高いことを認識していたのに、血圧を下げる措置をせずに放置した、とされてしまったのです。
裁判官は医療の専門家ではありませんから、診療録に「高血圧」とあれば、そのままを理解してしまうのです。具体的な数値が記録されていれば、状況も変わったと思います。
ところで、医療関係者が「高い」、「低い」と記録する時、実はそれほど重要ではない時にそのように書いたりするものなのです。本当に危険な時は、数値を記録するものです。しかし、裁判官にとってみれば「高い、低い」と記録にあれば、それをそのまま捉えてしまうのです。それは「高い、低い」が「評価」だからです。
野崎:「高い」とはどういう状態を指すのか、「低い」はどうか、病院では「言葉・用語の統一が、あまりなされていないのかな?」と思う時があります。医療者同士ならば通じるのでしょうが・・・。
他にも「危険」、「疑い」、「可能性」、これらの言葉も紛らわしいですが、実際は使い分けておられるのでしょうか?危険とは、どの程度の危険か。医療者の場合は、例え「危険度10%」でも「危険」と記録するかもしれません。しかし、弁護士はこれを「危険度90%」と受け止めると認識が異なってしまいます。
伊藤:結局のところ、裁判ではこの「評価」が議論されることが多いです。
青木:危険であれば、必ずその理由を添えることが重要です。そうであれば、実際にどの程度危険だったのかを判断する材料になりますから。
当然ですが、裁判官は医療の専門家ではありませんから、全体をみわたして、こう判断し治療するという道筋がわからない場合が多いのです。記録に「こういう理由から、最も重視すべき治療がこうなされ、こういう経過をたどった」と記録される必要があります。それが書いてあれば、裁判官も医師の思考過程を理解してくれるのです。
チェックリスト、数値による評価も危ない
鈴木:チェックリストの話をしても良いですか。転倒転落が多いということでアセスメントシート、チェックリストが活用されています。これが危険です。
例えば転倒転落リスクを5段階で評価する、転倒転落の危険性が高いと「5」、リスクが低いと「1」とします。
その事件では、客観的には実際の患者さんは状態が改善し転倒転落リスクが低くなっていました。
しかし、その患者さんの評価について、一人目の看護師が見たらその看護師の基準としては
「3」、次の看護師がみたらその看護師の基準としては「4」だとします。
この場合は、リスクが高まったと判断されますね。
これが裁判で取りあげられると「チェックリスクを判断するとリスクが高くなったにもかかわらず、見回りは強化されていない、人数も増やしていない、柵など転倒転落の対策がされていない」と解釈されてしまうのです。
実際には、よくなっていたとしても、裁判では負けてしまいます。これは防げる事件だといえますし、事件になってはいけない事件だといえますね。
伊藤:看護師に「文章で記録するのは難しいですか?」と聞いたことがあるのですが、現実的には難しいようです。
鈴木:チェックリストは「結果」のみであって、ここにも「理由」がないのです。「なぜ?」の部分が抜けるから危険なのです。
野崎:判断した過程が示せないのが危険なのですね。
青木:チェック欄の脇に理由を書く欄を設ければ良いと思います。理由を文章で書けば安心です。
事故後の記録の追記について
伊藤:医療事故調査報告制度のこともあり、患者さんが亡くなられた場合、カルテも看護記録もチェックをした方がよいです。事故後の記録、追記についてはいかがでしょうか?
鈴木:可能であれば、顧問弁護士にカルテや看護記録を確認してもらい、「ここは事実をしっかりと書き加えてください」など具体的な指摘をもらうとよいでしょう。
だいたい患者さんが亡くなられた後にご家族に説明をして、ご遺体を搬送して、焼香して、それらが終わった後に追記したという流れはごく自然なものです。事故前の記録と比べ、多少信用性落ちはしますが、ないよりは良いと思います。
野崎:「今後の反省として次に生かす目的で記録する」、サマリーとして、たどった経緯をまとめておくのがよいと思います。裁判を起こされた時の事前対策という意味もあるでしょうが、今後そのような症例がなくなるように経過を報告しておくのが良いと思います。
伊藤:早めに書いておかないと、大切なことを忘れてしまう可能性もあります。証拠として考えた時、事故から日が経過して記録するほど信用性が下がります。早ければ早いほど良いと思っておかれるとよいと思います。
ところで追記の内容ですが、大切なのは医師など医療従事者の思考過程です。どう判断・予期し、どう処置をしたか、その結果はどうだったのかという思考過程が履歴として残っていれば、まず問題になることはないはずです。
野崎:だいたい、その思考過程がわからないから、裁判で補完しようとするのです。記録に書いてあれば、説明を要求される前に「この人はこういう経緯で死んだということ、この時に最大限こういうことをして、ああいうこともしたと。例えば転院義務、なぜ他に転院させてなかったかと言われることもありますが、この患者さんを動かすことによるリスクもあるし、実際に他の病院で受け入れ状況が不可能だったかもしれない。結果、当院でみるようにしたけれども、残念ながら・・・」という一連の思考過程がわかれば大丈夫です。
伊藤:そうだと相手側もどうしようもないですね。医師が書いたことを嘘だろうとも言えませんし。
青木:本当は追記を書く際に、裁判の争点となりそうな点をあらかじめ想定した上で記録できると一番良いです。そういう点から、弁護士に相談できるといいのです。患者さんが予期せぬ事故によって死亡された事例については、そうされた方がよいでしょう。
一番大切なことは患者さんの治療
鈴木:医師が何か異常を感じた場合には、精密検査をオーダーします。その検査をオーダーしたということ、その検査結果をみて医師が判断をしたことは大切です。これは記録しなくてはいけない。このあたりが記録にないとなると問題になりやすいのです。
逆を言えば、異常がない時は別に記録しなくてもいいシステムを作ることは可能ではないか、と考えています。何も書かないのは院内では、患者さんを診たけど異常がないことと院内できちんとした手続きをすれば、可能だと思います。依頼があれば、私は、(もちろん、裁判になって不利にならないという前提で)書面を減らし業務量を減らし、患者さんのための医療を実現するためのアドバイスもしています。実際、そのような依頼は多いですね。
野崎:そもそも医師の場合、実際には診察を行っても、記録が残っていないことも多いですね。
鈴木:ほとんどの病院のほとんどの医師は記録を書いていないですよ。だから、記録しないのが、むしろ日本の医師の平均的なレベルと言えるかもしれません。これを医療水準というのは難しいでしょうけど。「放置」と「効率化」の違いを明確に区別すると良いのではないでしょうか。私はそのような事前医療法務を行って知り合いのお医者さんと良くお話しますよ。
野崎:でも、本当は記録した方が良いわけです。せっかく麻酔科の医師が術前に病棟に訪問していても、記録がなければ、行ったことにはなりません。もったいないです。
鈴木:それよりも私が気になるのは、記録に一生懸命になるあまり、肝心要の患者さんの治療がおざなりになることです。
青木:インフォームドコンセントの記録も医師は書かずに看護師が書いている場合が多いそうですが。
鈴木:インフォームドコンセントの際には、看護師は同席しなくてはいけません。証人として同席する意味がありますから、その証人が残した記録と考えればよいでしょう。裁判官も納得しますよ。逆に看護師が記録した方が信頼されるくらいです(笑)。
青木:看護師さんの仕事が増えますけど。
鈴木:確かに看護師が記録してくれるから、非常に助かっている医師は多いと思いますね。病院の安全管理体制としては、看護師の方々にがんばってもらうのが、とりあえずのところの現実的な解決策かなと思いますが、看護師さんの負担を考えると、院長はじめ医師はもっとチーム医療を意識しなければなりません。そして、そのチームの中には「弁護士(但し最低限度の医療・医学知識がある)」を入れるべきでしょう。
2016.4.25座談会 野崎・青木弁護士と医療安全看護師の方々と(御茶ノ水にて)
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